平成13年度 全日本私立幼稚園連合会九州地区会

第17回教師研修大会 福岡大会

 
会場 アクロス福岡 7階大会議室
日時 2001年8月21日 午前9時から12時
発表者 高杉洋史 (福岡市 吉塚幼稚園)
司会 牛島先生 (福岡市 飯倉幼稚園 園長)
助言者 米谷先生 (福岡市 西南大学教授)

第7分科会テーマ
 幼児の感性を育み、豊かな表現力を育てるための援助のあり方を考える。

 
1. はじめに
  子どもをとりまく環境
  幼稚園教諭に求められていること
   
2. 子どもたちには自然科学教育が必要
  幼稚園教諭が取り組みやすい自然科学教育の具体例報告
  特に綿を育てることを通して育まれる具体的事象
   
3. 幼稚園教諭の教育的活動をサポートする研究
  ボイスレコーダーによる幼児との会話記録について
  無線タグシステムを用いた幼児の行動記録について

要約
 幼稚園教諭には子どもの世界と大人の世界の両方を理解し行動しなければならない2面性が要求されている。子どもの世界は、都市化・人工化された大人の世界に比べ自然に近く、幼稚園教諭にはできるだけ豊かな自然科学の教養が求められる。そこで、幼稚園で取り組みやすい自然教育の具体例をいくつか紹介し、あわせてその体験を記録し分析する方法としてボイスレコーダーの利用例を報告する。静止画と音声ファイルを用いたホームページにより、幼児教育研究の新たな可能性を示す。

 また、教諭の仕事をサポートする無線タグシステムの可能性を報告する。


はじめに

1. 子どもをとりまく環境
 

日本の子どもをとりまく環境は急速に都市化の方向に進んでいます。例えばウィークデーの日中、幼児が子どもたちだけで天神の繁華街の中にいることは許されないことです。なぜ許されないかというと、働いている人が迷惑をこうむるからです。「保護者は何を考えているのか」とおまわりさんから保護者が怒られます。私〔昭和28年生まれ〕が幼稚園児だったころは、まだ道路で遊ぶことが普通でしたが、今は無理です。

都市化とは大人が働きやすいように作った、人工化された環境というわけです。したがって都市化した環境では子どもは生きていきにくいわけです。なぜなら子どもは自然に近いからです。

最近どこかの町でガラガラヘビが見つかりニュースになりましたが、都市化した場所ではガラガラヘビは生きていけません。多分すぐに見つけられ、良くて施設送りでしょう。ゴキブリも見つけられ次第叩き潰されます。天神の街路樹にセミがたくさんいますが、こちらは見逃されています。都市化した私たちの社会のゴキブリとセミに対する対応の違いはどこからくるのでしょうか?それはセミが、都市化した社会の中で働いている私たちの予定を狂わせないからです。ゴキブリは、もしレストランのお客さんの前にでも出ようものなら営業妨害なので即座に殺されるわけです。おいしく気持ちよく食事をするという予定を邪魔するからです。

都市が雪に弱いことは良く知られています。これも人工化した中に一時的に自然の力が加わるからです。しかしその弱さとは予定通りに事が運ばないということであり、雪国のように雪の重みで家がつぶれるという心配ではありません。雪で交通機関のスケジュールが乱れ、結局都市で暮らしている人の予定が狂うことが困るわけです。

このように都市化したところに自然が紛れ込まれると困るというのが今の社会です。

子どもも自然に近いから都市化した大人社会では子どもを遠ざけます。このような環境の中で子どもが生きていくのは大変です。仕方なく子どもは早く大人になることでこの問題を解決しようとしているように見えます。大人も子どもに早く大人になることを要求しているように見えます。要するに人間の約束事がちゃんと使えるようにならないと仲間に入れてもらえないわけです。例えば信号の見方、道路の横断の仕方、ものの買い方、仕事の予定の立て方、仕事の期限を守ること、このような約束事が完璧に出来ない子どものうちは幼稚園や保育園、学校にいてもらわないと大人社会は困るわけです。そして出来るだけ早く大人社会のルールを身につけるように急げ急げと尻をたたいているのが私たち大人なのかもしれません。

 

2. このような現状の中での幼稚園教諭に求められていること
 

自然に近い幼児は、自分の興味を引くものがあれば大人の予定なんか関係なく夢中になります。アスファルトの間から芽を出しているエノコログサだろうと、ブロック塀の隅のダンゴムシだろうと、興味があれば触ってみたいのが幼児、子どもです。

でも都市住人である保護者は幼児の興味の芽を伸ばしてやることは至難の業です。交通事故の心配や自分の仕事の予定などが頭を巡ります。

そこで大切な役割を果たすのが幼稚園の先生というわけです。

子どもを理解し、守り、育て、教育する幼稚園の先生は子どもという自然と一体化できないといけないのです。子どもが興味を示すものに興味を示すのはもちろんのこと、子どもが興味を示しそうなことを教育の中に設定しないといけないのですから、このようなときの気持ちは自分自身が子どもでないといけないわけです。ところが、難しいのは、幼稚園の先生は大人社会で生きている大人でもあるわけです。

「都市化した予定ガチガチの大人社会から子供を守り、のびのび遊ばせてあげたい、子どものための先生」 と「スクールバスに遅れないように園児の帰り支度をしないといけない大人社会に生きる先生」 の矛盾した両方の要求を満たさなければならないわけです。

最近の幼稚園教諭に求められる才能は、どちらかと言うと保護者対応能力にややウェートがおかれています。残念なことに幼稚園教諭の自然科学に対する教養は低下しております。

そこで今回は子どもも喜び、先生も準備がしやすい

幼稚園教諭が取り組みやすい自然科学教育の具体例の報告をいたします。

しかし、いくら幼稚園でおこなう自然教育の実例にいかすぎず、取り組みやすいとはいえ、以下の3点は心にとめておいてください。

1. 自然は思い通りにならないこと

2. 厳しい面もあること

3. 理解するには努力や時間が必要なこと

そしてこの3点を子どもたちの心に伝えることが出来たら、あなたは幼稚園の自然科学分野の最高の先生です。

a 綿を育てる
 
十数年前になりますが、近くの小学校の先生から、一年生でアサガオの栽培をしても、幼稚園で経験しているので興味を示さない子がいるという話を伺い、カリキュラム変更の自由度の高い私どもが栽培植物を変更することにしました。
せっかくだから自然分野だけでなくほかの分野にも応用が利く植物を考え、候補に上がったのが綿です。

綿の面白い点は
栽培が簡単〔種が比較的大きく、園児にも植えやすい〕
  乾燥に比較的強い
花が美しい
綿の実ができるのが楽しい
綿を絵画製作に使うことができる
綿から糸や布ができることが経験できる

幼稚園レベルでの栽培の仕方
種の購入は近くの園芸店に注文すれば取り寄せてくれます。
一般的に植物の種は球根に比べて安いです。幼稚園で使う程度なら数百円のレベル。
土も一般的な園芸用の土で育ち、プランターでも育ちます。
播種は福岡市では5月ごろ、日中の気温が20度を超え、高温のほうが成長が早いです。
乾燥に比較的強いのですが、反対に過湿にはやや弱いです。
日照を好みます。
虫にとって葉っぱがおいしいようで、油断すると結構食べられます。適当な殺虫剤で退治できます。
私が購入した『アメリカ綿』の種は農薬がついていましたので、子どもたちと種まきするときにはそれなりの注意が必要です。
 
   
 

綿の種や発芽の様子、成長過程は
http://www.yoiko.ed.jpの特色教育のページを参照してください。

b 稲を育てる
 今年は保護者の方から稲の苗と田んぼの土をいただきました。その上、園児のおじいちゃんが田植えの仕方や育て方の指導をしてくださいました。

 おかげで、8月17日に花が咲き始めました。

 何はともあれ今回の成功要因は、指導者に恵まれたことと、田んぼの土をいただけたことです。

 本園には田んぼがありませんので、容器としてクリアケースを利用しました。

 土をクリアケースの深さの三分の二程度入れ、土の表面から水深4センチくらいになるところに排水用の小さな穴をあけます。苗が小さいとき、雨で水没しないためです。

 田植えの要領は、クリアケースに苗を3株植えます。一株の苗の量は約4本です。苗を植えた直後空間だらけで苗が少なく見え、さびしいですが、次第に分株して、ちょうど良くなります。

 十数年前までは本園の近くにも水田がわずか図化ながら残っていたのですが、最近はなくなりました。クリアケースの田んぼでも稲を育てて、毎日食べているお米がどのようにして実るのか見ることができる環境は、あるに越したことはありません。稲も植えてしまえば比較的丈夫に育ちますので幼稚園向きです。  ただ7月以降は稲の成長のため思った以上に水がなくなります。毎日水を足さないと一日で土が出てきます。毎日の水補給は手間がかかる面もありますが、毎日一定時間土が出るのでボウフラが生活しにくいようで、思いのほか蚊の発生は少ないです。

 田んぼの土をもらったお蔭でウキクサも発生し、タニシもいます。種や卵が入っていたのでしょう。6月と7月にイトトンボも飛んできました。

c ミニトマト、ピーマン、オクラ、スイカ、ヒョウタンを育てる。

d アゲハチョウ、カブトムシ、鈴虫を育てる  

(c、dに関してはホームページ参照 http://www.yoiko.ed.jp/の特色教育のページ

さてここまで幼児が感動してくれそうな教材準備の話をしてきました。それもできるだけ幼稚園教諭の努力の割にリターンが大きく、費用が余りかからない例をあげてきたつもりです。それでも

自然は思い通りにならない

厳しい面もある

理解するには努力や時間が必要

なのです。

例えば
一生懸命種を植えても小さな鉢では育ちにくい。それどころかせっせと水やりをしても枯れてしまう。
芽が出て喜んでいたのに年少さんに摘んでいかれた。年少さんならまだ許せるけど、野良猫が大切な芽を折っていった。カラスや鳩に芽を食われた。台風でやられた。
毎日かわいがっているハムスターなのに噛み付いた。
産卵直前のスズムシさんの行動を園児に訊かれたらどんなに答えよう。

このような困難や腹立たしいことや逃げ出したいことも、先生の知識と経験と観察力が増すことで、子どもたちの育ちにつながります。

産卵前の鈴虫のメスがオスを食べてしまう行動も、子孫を次の世代に残すための営みであることを知ると、一見残酷に見える事象にも納得がいきます。生物を観察することで、対象の行動を理解するにはいろいろな尺度があることをまず幼稚園教諭が身につけることは、日々の保育にもプラスになるはずです。

 

3. 幼児の感性を育み、豊かな表現力を育てるための援助のあり方を考えるための現状の反省と解決策
 

幼稚園教諭は日々の保育に追われ、教材の準備に追われ、懸案事項を片付け、保護者や園長、同僚とのコミュニケーションに配慮し、とても忙しいのです。というわけで、幼稚園に限らず我が国の教育において、教育の成果の記録とその分析には、なかなか手が回っていません。

一方、最近のIT関連機器の発達には目を見張るものがあります。しかしどのようにIT関連機器を教育の分野に利用するかという提案がなされ始めたのは最近です。今回の大会でも14分科会で実践研究の発表がなされています。

ここ第7分科会では、ボイスレコーダーを使った実践例を報告いたします。

まず実例を見ていただきます。

 

例えば
3歳児のミニトマトの収穫とその絵についてのお話
ハムスターの絵についてのお話
アゲハチョウを逃がしたときの絵のお話

です。

画像と音声の記録ならビデオで録画すればいいではないかとお考えでしょうが、ビデオを撮影しながら子どもとお話をするのは骨が折れます。その点ボイスレコーダーは、形状が小さいので、園児への威圧感がなく、いつもの調子で話ができます。

園児が楽しんだ事柄を絵画で表現してもらうことで、園児が対象をどのように捕らえたかが大人にも理解できるようになります。その上本人に解説してもらうと、園児たちの観察力の鋭さにびっくりします。

デジタルカメラとボイスレコーダーでこれらのことが簡単に安上がりに記録できるようになり、その上ホームページで多くの先生方と成果を共有できる時代になりましたので、これからの幼児教育の発展に有力なツールとなります。多くの幼稚園の先生方が今回の試みを実践してくださいますと、同じテーマで絵を描いても、地域による表現の差が今まで以上に明らかになる可能性があります。

準備した教材について子どもたちが活動し、その感動や驚きを絵画で表現するまでは日常的に行われている教育ですが、今回の提案の新しさは、その絵画について教諭が描いた本人とお話をして、絵画と共に音声ファイルをホームページ上にアップすることにより、教育成果を多くの教育関係者と共有することができ、ひいては幼児の感性や表現の発達、心理の研究に役立つことです。もちろん本人と教諭にとってはかけがいのない幼稚園時代の思い出となります。園児の育ちの記録としても大切です。

特に教諭にとっては苦労して考え実施した教育の成果が、非常に客観的な記録として残るわけです。これらの記録を分析することで、教諭自身の教育者としての資質がアップし、自信にもつながるし、ベテラン教諭には奢りへの反省になるかもしれません。

結果として今回の提案は、幼児の感性を育み、豊な表現力を育てる事の上手な教諭のひとつの技術となるはずです。

この方法で一番難しいのが如何に園児にインタビューするかですが、この点に関しては本園園長が神経言語プログラム(NLP)の手法を用いて、幼児に心理的ストレスをかけずに体験内容を表現してもらえるような、教諭のためのインタビュー技術を研究しています。

ボイスレコーダの利点をまとめてみますと
パソコンやホームページに取り込みやすい。
ファイル管理がしやすい。(どの子の発言かすぐに探せる)
ビデオファイルに比べ容量が小さい
園児にインタビューしやすい。
維持費はほとんどかからない。(乾電池代程度)

 最後に、このように厳しい幼稚園教諭の仕事(子どもの世界と大人の世界を時と場合を考え行ったり来たりしないといけない)をサポートするシステムの研究について少し触れてみます。

 本日の助言者の米谷先生とNTT西日本と本園3社の共同研究なのですが、無線タグを利用した園児の行動自動記録システムです。

 システムのアウトラインは、園児一人一人に無線タグを持ってもらい、幼稚園内に複数箇所設置したアンテナで園児一人一人の位置を時間の経過と共に記録していくシステムです。

 まだ実験中で解決しなければならない課題が多いのですが、将来的には

ボイスレコーダの利点をまとめてみますと
クラスを超えた活動をしたときの一人一人の行動の分析
出入り口など危険な場所に近づいたときのアラーム
運動量やトイレ回数、食事時間などの生理的機能の発達分析

等ができます。

 教諭にとっては担当園児の安全確認や出欠、延長保育などの自動記録に役に立つシステムを目指しています。  少しでも教諭の精神的負担を軽減し、その余裕のエネルギーを園児とのコミュニケーションにまわすことができるとすばらしいと思って研究しています。
 幼児の感性を育み、表現力を育てるのは園内では教諭しかできません。教諭の仕事のうち効率化できるものは効率化し、教諭にしかできない教育に専念できる教育環境作りを目指しています。

以上で発表を終わります。